2011年11月27日日曜日

田んぼ・畑の片付けをしています。

先週の土日と、米を積んで石川県へ行って来ました。この夏に草取りの応援に駆けつけて下さった皆さん達にも、毎年 米を買っていただいて支援活動に協力して頂いています。

今年は都合で来れませんでしたが、小松市のラドン浴の店「シャンティ」さんでは、玄米粉にして販売してくれていました。自分の作ったのが、また違うカタチで人様の健康に僅かでも役立っていると思うと、嬉しく思えたりします。


 ここのところ、この界隈 ぐずついた天候が続いていて、バイト先の現場では雨合羽を着る日が多くなっていて、寒い冬に向かっていることを身に沁みて感じています。 が、なぜか?休みになると降らないことが多いので、降らない日は半日だけと言う条件で、休日返上で出勤しています。

 雪の降らないうちに田んぼを地主さんに返す為の片付けをしておきたいので、23日(祝日)と本日27日(日曜)と、バイト終了後 午後少し遅くから畑・田んぼで片付け作業を行いました。

23日は、バイト先の自分の後釜に添えようと、この間から現場にバイトに来てもらっているK田君に手伝ってもらって、玉ネギを植えた畑の、苗が足りなくなって植えれなかった畝に張ってもらっていた草除けの黒マルチビニールをヒッ剥がして、移住先で使えるように心棒に巻き直しました。 



けっこうな風が吹いていましたが、K田君のお蔭で上手く巻けて、終了することが出来ました。


 本日も仕事が予定通り終らず、午後をだいぶ回ってからしか帰って来れなかったので、急遽
また、K田君にバイトに来てもらって田んぼの片付けを行いました。

ここでは、ネズミ等の穴から水漏れを防ぐ為に田植え後すぐに張ってあった、黒ビニールマルチを剥がしての回収と、田んぼの脇に保管して置いた備品やらの整理を行いました。



回収したマルチの他にも結構 処分するモノがあって、現在 車に大量に押し込んであります。明日 処分してきます。 本日もK田君のお蔭で、相当に片付けることが出来ました。

もう少しやれば大体 片付きそうです。


 稲刈り前に、アイガモ田んぼ用に播いてはいましたが、雨で死滅したと思われていた麦も、そこそこ生えて来ていて、追加で播いたクローバーも、それなりに生えて来ています。(↓写真)


不耕起田んぼにする予定地に播いていたクローバーも、そこそこ順調に生育しています。間違って種を大量に落とした所なんかは、こんなカンジ(↓写真)になっています。



何べんも書きますが、春から移住することになっているので、来期 検証する予定だったクローバーの緑肥の効果と、水中雑草の制御の効果等確認したかったところですが、それでも
播いたヤツがそれなりに生育してくれている姿を見せてもらえるのは、嬉しいものがあります。

 
 関西の移住先の現地スタッフの方々も、棲家や農地を借りることに奔走して下さってるようなので、吉報を待っているところです。
 
先日、農家の友達に貰った結構大量のニンニクの種を現地に送ったんですが、昨日 植え付けしたという一報も頂いています。

関西の気候は良く判りませんが、時期的に遅い恐れもありますが、それが上手いこと収穫できるようだったら、それを更に元種にして大量生産出来たら とかって想っているところです。


 そんなことで、移住に向けてボチボチと準備しているところです。

2011年11月13日日曜日

更に、急展開しています。

先週 旅先での疲れもあって、不覚にもイ・サンを観ながら眠りこんでしまって、まるっきり内容が解らなかったので、今日こそは と思って番組欄をチェックしたところ、放映が無いところをみると、もしや?この間のヤツが最終回だったのでは…?と悔やまれましたが(コレだけは欠かさず初回から観て来続けてたもんで…)、

今更 しょ~がないので、9時からの猿の惑星にピントを切り替えて(8時からの 江にも…)コレ打ち始めています。


 エンドー 3年程前にアジア支援のNPOの特派員扱いにして頂いて、冬季の2ヶ月半程 日本人として一人で、スリランカに滞在させてもらって、現地の施設内の清掃や、農地の開墾等のお手伝いをさせて頂いた事があるんですが、


 (↑開墾前)





 (↑帰国間際の畑です。  エンドー ここで初めて人参や大根も作りましたが、収穫を待たずに滞在期間の終了となって、以降の経過を見ることが出来ませんでした。  その後 死滅してしまったという報告を頂いています。)

そのときに、たいへんにお世話になった、現地の高僧 スブーティー ハンドルォ(和尚)が7日に来日されて中国地方に来られるという情報をキャッチして、そのときの御礼とご挨拶をしに行くことにしたので、



折角なので道中 関西地方の移住するにあたって、声を掛けて下さった方へのご挨拶と、予定地界隈の視察、今後の打ち合わせもさせて頂こうと5日(土曜)の夜から夜行列車で関西へ出発しました。

6日・7日午前中と、現地で山林の間伐などの市民活動や、付随してアグリセラピー等をされていてる、その方々に、お忙しい中 その県内各地に点在する畑等を案内して頂いたりして来ました。

普通~に稲を架に掛けて天日干ししていたり、棚田風の田んぼが多かったりで、自分に合った農業や活動するには、凄くイイ環境ではないか?と思いながら観て廻っていました。

 ところが、先月 突然に降って湧いたようなこの移住の話も、更に急展開を迎えることになりました。

自分の言葉足らずのせいで、既に来春から移住すると想わさせてしまっていたようで、現地では棲家や、農地を借りたりするのに既に尽力して下さっていたようでしたので、ほんのチョッと戸惑いもありましたが、思い切って来春から移住することに決めて来ました。


 その後、列車を乗り継いで行き、現在中国地方在住で、本山での坊主の修行時代の後輩と落ち合い、久々にゆっくり話して飯喰って、そして空港でスリランカの高僧に御挨拶させて貰うことが出来ました。

よくよく考えてみると、「関西方面で農業しないか?」と、自分に声を掛けて下さった方も、自分がスリランカで長期滞在する丁度1年前のスリランカ支援ツアーで知り合った方なので、スリランカに纏わる不思議なご縁を感じています。


 7日深夜に夜行列車で大阪を発ち、8日朝 到着しました。(普通座席に無理な姿勢で寝て来たので、今でも腰が痛いです。(小さく笑))

自宅で着替えた後、少し遅れてバイトに出ました。作業現場に直行したら丁度一服している最中で、皆に「オレ 春から関西行くことにしたわ~!」と、勝手ながら そう話しました。

つい この間まで皆には、「来年の稲刈り終わった頃までバイトに来る」と言う話をしていたので、「は~~?」ってカンジで、少しばかり急展開すぎたようでした。

普段 弁当のおかずを勝手に喰っても、運転中の手の甲に鼻クソくっ付けても、立ちションこいて間違って手に付いた飛沫(しぶき)を服に拭っても、ビニールハウスの骨組みの上で危険な程 揺らしても 怒ったことの無い S藤君が、「エンドーさん! 無責任過ぎますッ!」と、いきなりプンプンし始めました。

来月から配置替えや退職する人もいて、現場ではS藤君が新親方に就任することに決まっていて、若い子を入れて貰って、来秋までの間にエンドーが鬼教官となって教育すると二人で話していたので、いきなり相談もナシに半年も早めたのが非常~にマズかったようでした。

S藤くんは、アヒルを衝動買いして来て、部屋の中の水槽に入れて、そのまま昼寝こくような非常~に大らかな人間なので(昨年の夏頃書いたヤツに既出)、すぐにいつもの状態に戻りましたが、

ひょんなことから、ここにバイトに来て以来 公私ともに言葉では言い顕せない程 お世話になって来たので、後 残り半年もありませんが、これから入社するであろう新人を少しでもマシに教育して、親方S藤君の仕事し易い環境を整えて行くことが、最後の御奉公だと思っているところであります。


 そんなことで、田んぼや畑を貸して下さっている農家さん達にも、その旨を了承いただいて来ました。 こちらの方は、最初から「いつ、いなくなるか分かりませんけど…」と言うことで、貸して頂いていたので、すんなり了解を得ることが出来ました。



この間 植えたばかりの玉ネギ↑は勿体無いですが、春まで面倒を見させてもらって、あとの収穫とかは農家さんに任せて好きに使ってもらうと言うことで一応 話しがついています。
 (都合がつくようなら、一部 無肥料地帯の試験もしているので、収穫のときにでも帰って来て、立ち会えたら…と、思っていますが…)

田んぼに播いたクローバーの試験も心残りですが、これは、移住先でのお楽しみと言うことにします。

 これからあとは、ぼちぼち 田んぼ廻りの道具や資材を片付けて返す準備を整えるだけです。



 畑の人参も大根もこの間から食べ始めました。 人参は、こ~いう品種なのか?香りも味も昔喰ったようなクセが感じられて、いかにも人参喰ってるってカンジです。 時々 人参も、おろし金で摺って大根おろしと納豆とミックスさせたりしていますが、美味しく喰えています。

もうじき白菜も食卓に上りそうで、無理すれば自家製の米・野菜だけで一冬越せそうで、ある意味 贅沢な暮らしをしています。

2011年11月3日木曜日

玉ネギの植え付け終了しました。

本日も祝日でバイトも休みだったので、玉ネギの植え付けを行いました。

前回の植え付で無理して頑張ってくれたのが災いして、バイト先のUスケくんの首痛が悪化したみたいで、一日 会社を休んだりしていたのでチョッと責任を感じていて、それ以前から今日の作業も お願いはしていましたが、来て貰えないだろうと思って一人作業を覚悟していました。

前回書いた、お礼の品が効いたのか? 昨日になって、「明日 手伝いにいきますよ~」と嬉しいこと言ってくれたので無理の無い程度に半日だけ手伝って貰うことにしました。

 (包装して渡してあったお礼の品でしたが、「あれ、返しますよ~ お袋の前で開けなくて良かったですよ~」とかって言っていましたが、エンドーの心意気だけは通じたようでした。
そう言いつつも返して来ないところをみると、もしや…  ちなみに現場のS藤くんは、前に同ようなヤツとDVDを家に勝手に置いて行ったくせに受け取りを拒否…)


 早朝から降っていた雨も上がって、予定の時刻から苗とりの作業開始です。本当は休日くらい休んでいたいと思われるUスケくんも畑に到着しました。

「イイお知らせがあるゼ! ほれ また根切り虫に喰われて数が少ね~なってるスケ 植えるのが楽だろ~?」 「そ、そ、そ そ~ですね~~  ハ・ハ・ハ・ハ」と、二人で呆れつつ一笑いして苗取りを始めましたが、

結局 前回から更に被害が増大していて、今日植えた品種は、播いた内の2~3割程度しか生き残りませんでした。

 
 本畑に移動して植え付け開始です。苗が少ないので午前中で全ての苗を植えて、前回からの合計約5500~6000本を植え終わりましたが、結局 畝立てして黒ビニールマルチまで張った貰った畑の半分が残ってしまいました。

空いた畑は勿体無いですが、除草剤などの農薬を使わないで作った苗なんか出回らないってこともあり、これからの休日は用事が目白押しで、平日にバイトを休んでまでやるのにも去年の経験で懲りているので、畑を貸して頂いている農家さんに「(玉ネギを)作れるんだったら作って下さい」とお願いしたところです。


 
午後からは、急遽 前回来てくれた就活中の子にバイトに来て貰って、マルチの穴に雑草押さえの為の籾ガラを撒いて、玉ネギ関連の作業を全て終わらせてしまうことが出来ました。




Uスケくんを始めとしたバイト先の若い衆と、就活中の子には本当にお世話になって、植え付け本数が去年の4分の1程度でしたが、仕事も休むことなく終えることが出来て、精神的にも経済的にも助かった思いでいます。


 
 それから、 エンドー 現代の坊主の在り方に疑念を持ち続けてきましたが、10年近く前に、形骸化された宗門にも ようやく見切りをつけることが出来て地元に戻って来て、仏教と農的な要素を多少含んだカタギの生活を送ってきましたが、

何処かで こんなヤツでも必要としてくれるところがあれば、すぐに動けるように身軽にして来ました。 (寺に入ってくれとかって言う話しは、全て感謝しつつも断っていました。)

ここには書きませんでしたが、3年目になる田んぼでの不耕起栽培も、大型機械を使える ある意味恵まれたこの界隈の環境より、山手の棚田とかの小型の機械が入れるか?入れないか?っていう環境の方が合っているんではないか?と常々 思っていて、

それに加えて、この春の原発事故の影響もあって、福島県に源を発する川の水を使っている以上、現時点では物質は検出されていないようですが、数十年前に問題になった第二水俣病の例もあって、大丈夫だとは思われますが、いつ ど~なるか?判らないので、

8年前から自分が安心して喰えるモノを作るっていうことから始まって、自分を信用して買って下さっている方々も出て来られているので、あの事故以来 その類の情報には神経質になっていて、今年 少しでも検出されるようなら販売も稲作もヤメる決心でいたところでした。


 そんな折、突然 先日 関西方面で市民活動もされている知人から「こっちで自然農法の農業してみないか?」って言うような 有り難いお誘いを頂き、農業以外での活動でも構想が一致したこともあって、二つ返事で来年の秋以降の移住を申し出ました。

こんな現代版の『浪人』みたいなヤツでもアテにして誘って下さったことに感激しているところです。


 関ヶ原合戦の後、主君に見切りをつけて浪人して、一時は乞食に身を落としていたって言う後藤又兵衛が、大阪の陣で大阪方に乞われて入城したときの、乞うてくれた主への恩義の気持ちと、やっと本来の働き場に出逢えたって言う心持とが良く判る気がしています。


 既にどんな環境の処であっても行くつもりでいますが、丁度 来週 岡山にも大切な用事があるので、その道中に、声を掛けて下さった方にご挨拶させて貰って、現地視察や今後の打ち合わせをしてくることになっています。 


 エンドーのワリとデッカイ夢というか、構想に一歩前進したようで、今後の展開が楽しみでゝしょ~が無い状態で日々暮らして居ります。

2011年10月30日日曜日

玉ネギの植え付けに掛かりました。

今日こそは、イ・サンが始まる前に書き上げようとPCを開いたところ、いきなり例の悪友が「部屋の片付けしてたら出てきた!」とかって、何で こんなのを所有していたのか?『アダルトグッズ』4箱(未使用)を持って家にズカゝ上がりこんで来て(いつもは、カップラーメン等を持って来てくれて助かっていますが…(賞味期限の切れたヤツばっかりですが…))、タバコをバカスカ吸って ほんの今まで居座っていたので、この時間になっています。 


 先週は、とくべつ作業はありませんでしたが、畑の見廻りのついでに田んぼに寄ったところ、不耕起田んぼの予定地に稲があるうちに播いておいたクローバーが、少しづつ成長しつつあって、チョッと嬉しかったりもしています。 ↓



ただ、シーズン中頃まで、スズメノテッポウが大繁殖していた不耕起区 第二田んぼだけは、既にその草が密生していて、↓ こんな状態になっています。





 今日(30日)は休日だったので、バイト先の若い衆 Uスケ君 I田君を半強制的に動員して玉ネギの植え付けに取り掛かりました。

苗の成長が思わしくなく、去年の苗よりも格段に小さくて、植え付けに適した大きさになるのには もう2週間近くは掛かりそうな感じでしたが、

根切り虫の被害が酷く、あれよゝと言う間に滅亡して行って、未発芽のヤツもあったりしたので、予定していた苗の6割程度しか残っていなくなってしまいました。

成長を待っている間に被害が更に拡大することが目に見えていたので、去年は植えずに処分していた程の大きさのショボイ苗でしたが、植えることに決定しました。

 日ごろのバチが当たったのか?苗を取り始めた途端、腰に「ピリッ」と衝撃が走り、腰をヤッてしまいましたが、人頼みまでしてあったので、なんとか誤魔化しながらの作業となりました。



 (↑ 苗を取ってくれているUスケ君たちです。)

 植え付ける畑は、3~4日前に農家さんに依頼して、畝を立てて貰って雑草除けのビニール黒マルチを張って貰っていました。 ↓



 本畑に移動して植え付けに掛かりました。 苗取りの時点から小雨が降っていたので、本降りになって来た時点で撤収せざるを得ないと思っていましたが、雨合羽を着なくて済む程度で済んだので助かりました。

Uスケ君は首に、I田君は膝に、自分も腰に爆弾を抱えて、まさに肉弾三勇士となっての植え付けです。

各人 部署は違いますが気心の知れた間柄なので、和気藹々としてヤッていましたが、移動するのに立ったりするたびに、何処からか「痛ッて~ ゝ」と言う悲痛に満ちた声がこだましていました。

去年の植え付けでは、ほぼ一人での作業でバイトも半月近く休むことになって、大変な苦労を経験していたので、ノーギャラ+折角の一日だけの休日に駆り出されて労使させられているにも拘らず、笑顔で頑張ってくれた若い衆に感謝しきりでした。



午後からは、自分が居なくなった場合に備えてのバイト先の現場の後釜と言うか?社員に添えようと計画中の、つい先週知り合ったばかりの就活中の子にもパートに来て貰ったので、総勢4人となって、更に捗りました。

 今日の時点で、苗がある分のうちの4分の3以上 植え終わったので、皆のお蔭で完全に目途を立てることが出来ました。

来月3日の休日に植え付けを終えて、草除けと保温を兼ねたモミ殻撒きまで出来そうです。

 が、しかし問題も生じて来ました。 必要なだけの種の数を注文するのに、自分の緻密な計算に狂いが生じていたことにプラスして、苗床での損失もあったりで、残りを全部植えても 総面積 約半反(約500平米)のうちの、半分と少ししか埋まらないので、折角 マルチまで張ってもらったのに半分近くも空きが出ることになってしまいました。  



 若い衆に頑張って貰ったので、お礼を兼ねて「寿司でも肉でもスイーツでも何でも好きなヤツ喰っていいゼ!」と豪語して、店に連れて行って「おら~ 遠慮しんで喰え!」とかって威張っていましたが(喰い放題の安いバイキングの店で…)、

やっぱりそれ以上の恩義を感じているので、さっき 悪友が持ってきた『男のグッズ』を明日、チョンガーの彼らに贈って御恩に報じたいと思っています。(現場のS藤君にも… 残り一つは、お世話になってる先輩(推定52歳 既婚)に 処分を兼て贈ります。)

2011年10月23日日曜日

田んぼに微生物細菌を撒きました。

昨日(22日)は、生憎の強風の為 現場作業のバイトにアブレたので、折角なので田んぼに微生物細菌群資材を撒いておこうと家を出ましたが、

雨が落ちてきたので中止して休養することにして、折角 出たついでなので、玉ネギを取りに貯蔵場所に行きました。 前回書いたI藤君の店で昼飯でも喰おうと農家の友達に誘いの電話を入れたところ、

「今、すぐ近くのトコで、ニンニクの植え付けしてるんで今日は無理だ!」ってことでしたが、冷やかしに行ってみたところ、丁度 一服の最中で、そこのお袋さんにコーヒーを入れて貰ったりしたら、このまま帰るのも気が引けて来て(日ごろの恩もあったので…)、急遽 手伝うことにしました。(昼飯を喰わせて貰う条件付きでしたが…)

相当な面積を何人も人頼みしてやっていましたが、翌日からの天気もあまり良くないようなので勝負掛かっていたようでした。

女衆が種を並べた所を友達が機械で土を上げて行って、自分は出来た畝の上をレーキで平らに均す係りを担当しました。 

 昼になって、すぐ近くの食堂へ連れていって貰いました。「ど~せノーギャラなんだスケ、オメ~んトコの身上(しんしょう)潰れるぐれ~喰ってやる」 と豪語したものの牛丼大盛りとギョーザ2ヶ程度しか喰えず、

午後からの作業に掛かりましたが、昼飯をゴチになってしまったばっかりに「帰る」とも言い出せず、結局 日が暮れるまで手伝うことになりました。 が、「助かったテ~」の一言で、疲れも何も吹っ飛んだ感じがして、気持良く家路につきました。

今まで、こんな感じで友達とは持ちつ持たれつで付き合って来ました。(もしかしたら これが最後の手伝いということになるかもしれませんが…)



 今日は、田んぼに微生物細菌資材を撒きました。毎年 秋と春に撒いていますが、これは刈り藁などを腐食し易くする為と、土壌を微生物の力で活性化させたいと思ってのことです。


アイガモ田んぼに撒いていた麦が、稲刈り前の雨でやられてしまったらしく、殆んどといってもいいくらい生えて来ないでいたので、クローバーの種を播きました。

今のところ、不耕起田んぼに播いていたクローバーは順調に成長しているようです。



 訳あって、来期は新潟で稲作をすることが出来るか?今の時点で判断が付けれない状況なので(いい意味でです…)、どうなってもいい様に準備だけはして置きました。(今年限定で被災地支援米用に新規で借りた処は、返すことになりました。)


 長年の夢が叶い、8シーズン程前から始まったエンドーの田んぼでの農業や活動でしたが、新たな局面を迎えつつあり、更なるデカイ夢に邁進しつつあります。 





 生長が遅れに遅れている玉ネギの苗も、少しづつ太って来たようで、これから順調に行って貰って来週の休日には植え付けすることが出来れば最高に有り難いです。



人参も、だいぶ成長して来ました。  嬉しいものです。

2011年10月16日日曜日

応援物資の発送も、無事に完了しました。

 日が暮れるのも早くなっていたり、ストーブを点けるような寒い日もあったりして、肌で秋を感じています。


前回、書くのを忘れていましたが、8日に玉ネギの本畑に発酵鶏糞を撒きました。

夏前頃に麦と、マメ科の植物の種を播いて地力の向上を狙いましたが、種代をケチったこともあって、想っていた程 生えて来なかったので、効果も薄いと判断して、前に米ヌカを撒いていました。

鶏糞を撒くのも相当に迷いましたが、結局 どの位の差がでるのか? 一部だけ撒かない部分を設けて撒くことにしました。

 12日に農家さんが、トラクターで耕運に来てくれることになっていたので、出勤前に貝化石資材と、微生物細菌資材を撒いて備えました。




 本畑の準備は整いつつありますが、肝心の玉ネギ苗の生長が思わしくない状態です。去年の今頃は、苗も大分 生長していて、それと一緒に雑草の方も生長していて、草取りに追われていましたが、今年は、雑草の方も元気を出して来ないでいます。
 (気候が良くないということもあるかもしれませんが、畑が替わった影響もあるかもしれません。)

それでも前回 除草機を掛けた跡にもポツポツと雑草が芽を出し始めたので、13日の出勤前に2回目の除草機を押しました。

今日は休日だったので、用事を済ませた後 今後の除草作業が少しでも楽にできるように、夕方から苗の脇の除草機が掛からない場所の、小さい雑草を鎌で削ったり、土を動かしたりして来ました。 

日が暮れてしまって少し残りましたが、いきなり一気に成長し始めてくる可能性大なので、この作業ができて、暫らく安心していられます。

 玉ネギ苗は、根きり虫の被害にあって、所々無くなってしまいましたが、人参他の野菜は、今のところ順調そうに育っています。   白菜も巻き始めました。




 雨の上がるのを待って、午前中には被災地に向けて 玉ネギと購入した米を運送屋さんに運搬して託してきました。

準備していた玉ネギの最後の700キロと、アジアの孤児院の子らの研修費に充てる募金の為に作った2反分の田んぼでの収益(諸経費を引いた分)を、急遽 今年限定で被災された方に流用することにしましたので、

見込み収益分で米を450キロ買って、(収穫前の予定では900キロ位は出来る予定でしたが、下手だったばっかりに怖ろしく減収させてしまって、最初 農家の兄さんには900キロ注文していましたが、よくよく計算し直したら、そのくらいしか買えませんでした。)

更には、有り難いことに農家の兄さんが5袋 150キロ寄付して下さって、600キロを送れることになりました。 (今年も不作で沢山作っている農家さんは、平年より何百万円も減収していると思われますが、そんな中でのこの5袋は本当に有り難いものでした。トラックも貸して頂きました。)

 
 前と同じく神奈川の知人に託して300キロを、(小分けして何箇所かに送られるそうです。今回の送料も負担していただきました。)、いつも無料で運んでくれる運送屋さんに託して、直接東北に300キロ+玉ネギ700キロを送らせて頂くことが出来ました。



 とりあえず、これで当初の目標にしていた量より相当少なくなってしまいましたが、応援米用に作った1.7反分の全量の米と、2反分の米の収益分 そして玉ネギ2トンを食べて頂くことが出来ることになって、自分の責任と、国民の一人としての責任を果たせた思いで一安心つけています。

 食べて頂ける方々 ありがとうございます。  自己満足的な活動に温かい御協力・御支援下さった皆様 ありがとうございました。


 昼飯喰って休んでいると、久しぶりにI藤君(去年もアイガモ田んぼのネット張り、玉ネギ苗の草取り、植え付けも手伝ってくれた若い衆です。)から電話が掛かってきました。 

今月から、食堂兼居酒屋を任されているそうで、「何か野菜とかありませんか?」って言うことでした。

あいにく 皮切れとか見栄えが悪くて、贈れなかったような玉ネギしかありませんでしたが、ラーメンのスープを煮込むのに使ってくれるということで、持って行ってもらいました。 

自分の家には、塔立ちしたヤツが食いきれない程あって、見栄えの悪いモノも、処分するのも勿体無いと思って取って置いたものの、人にもやれずにいたので、少しでも役に立てて貰える事になって嬉しい思いでした。

 夜、中学生の頃からの悪友(以前に書いた、ブッシュの次に悪いヤツ)を誘って、お祝いがてら飯を喰いに行ってきました。  思いがけずの、『打ち上げ』となりました。 

 自分も一段落つけることが出来て、厨房に立つI藤君の新しい第一歩を踏み出した姿を拝むことも出来て、非常~に嬉しい一日となりました。

2011年10月9日日曜日

来期の稲作も始まっています。

 今日こそは、イ・サンが始まる前に書き終えるつもりでいきます。

昨日(8日)からバイトも3連休なので、これを有効に使って出来るだけ作業を進めて置くつもりでいましたが、幸い天候も良く、今日までで 思っていた以上の作業をこなすことが出来ました。

 昨日は、玉ネギの苗床に ぼちぼち雑草が出始めて来ていたので、草取りが楽に出来るように、手押し除草機を押しました。



去年の今頃は、苗も雑草も格段に生長していたので、人頼みまでして草取りに結構 難儀した経験があって、人参のときも後手ゝに廻ってしまった感があったので、まだまだ小さいうちに除草機を押して、苗の近辺だけ手で取ればいい様にしておきました。 もう少し抜き易い大きさになったら、本格的に取り始める予定です。

 続いて、人参の一畝に二回目の追肥として米ぬかを、もう一畝にニームケーキを撒いて中耕・土寄せをしました。 (残りの三本は、土寄せだけしました。)



先ほどの除草機で中耕しながら土寄せも出来るので、押して歩くだけでいいので本当に楽です。

中耕除草機を使うのも今回で終わりなので、ここを待って、前から温めていたクローバーの種を播く計画を実行しました。  

豆科のクローバーの根っこに、窒素を固定する根粒菌とかっていうのがついて、それが肥料分になるらしいので、上手く生えてもらって人参と共生して貰いたいものです。

ビッシリと生えてくれるようなら、他の草押さえにもなると思いますので、人参を採った後の春先には、そのまま耕さないで何かを植え付けようかと、勝手に都合のいいイメージしています。

 人参が虫にやられたり間引きに失敗したりして、大ハゲになっている地点に前に大豆の種や、空き地が勿体無いので大根をを播いていましたが、それもそこそこ成長してきています。



(↑の写真の中に豆と大根が写っています。とくに豆の側の人参がど~いう成長をみせるか?非常~に楽しみです。)     

↑に人参を引っこ抜いたヤツも写っています。その場で喰ってみましたが、甘くも無かったですけど、エグ味もありませんでした。   

ただ、ほぼ初めて作った作物を始めて喰うってのは、格別のものがあります。(ほぼ初めてっていうことについては、そのうちに書こうと思っています。)



 隣の畑の懇意にして頂いているお婆さんが、お盆に出荷するケイトウを植える準備にクワを使って畝を立てていたのを見て、エンドー 友達に頼んで機械で畝を立てて貰って楽をしたことが、恥ずかしく思えてきました。

今まで、クワのマトモな使い方も知らないで適当にやってきたので、折角なので長年の経験のある お婆さんに使い方を教えて貰うことにして、そこの畝を立てさせてもらいました。

5本くらい(約100メートル)立てて調子が揚がってきたところで、「そこ迄らよ~」ってことで終了となりましたが、 (「若~けスケ 速~ぃえ」だの「チカラがある」だの言われて相当~に調子に乗ってしまっていたようでした。)

こっちは教えて貰っているつもりでしたが、楽が出来たと大変に喜んでくれて、籾殻を貰えることになりました。

大袋に詰めて乗用車で運ぶつもりでしたが、軽トラックまで貸して下さったので、折角なので3台分貰って来ました。  ありがたい出来事でした。



 そして本題の田んぼ作業となりました。

 稲のあるときにクローバーや麦の種を播いたことは以前に書きましたが、稲刈りのときに刈り藁がまとまって落ちていたりで、せっかく芽を出したのが窒息死させてしまう恐れもあったり、

なるべく地面が出ていない方が、来期の水生雑草も極多少は生えにくくなるんではないか?ということで、レーキ(洋風の熊手チックなヤツ)を使って刈り藁を均しに入りました。

入ってみたところ、今年は去年と違って、コンバインの旋回した跡もそれほどでも無かったので、レーキで轍を直せる処は 直しながらの刈り藁の均し作業となりました。



とくべつに轍の跡が酷い処は、雨が続いて土が軟らかくなってからやりますが、冬にやる予定でいた作業が前倒しで出来て嬉しく思いながらの作業となりました。


 (轍跡の酷いところです。もっと酷いところもあります。)

藁均しも地均しも、来期の米の収穫や作業に僅かながらでもイイ影響を与えるんではないかと思うと、結構 チカラが入ります。


 前に不耕起栽培用の田んぼ播いたクローバーは、そこそこ芽を出していましたが、来年もクズ大豆と鉱物資材だけで他に肥料を与えないで作る予定なので、今年みたいに収量が上がらないと参ってしまうので、


 (緑色の小さいのが、たぶんクローバーです。)

クローバーに肥料分を作って貰うことを期待して、追加で少し播いて歩きました。アイガモ田んぼの麦は、稲刈り前の雨の影響でしようか?ポツポツとしか生えていなかったので、ここにも少しクローバーの種を播きました。   

クローバーを使うのは初めてなので、無事に冬を越してくれることを願っています。


 今日は、作業の続きをする予定でいましたが、朝 急遽 知り合いの農家の兄さんから肥料撒きの手伝いをお願いされたので、午前中に手伝って来ました。 プロの農家さんの仕事っぷりや、段取りを間近で見れて勉強になります。

 毎年 新米の調整過程で選別から漏れた小さい米を、『中米』として、自分で喰ったり知人に分けたりするのに、この農家の兄さんにお願いして もう少し目の細かい網で再選別して貰っていましたが、

「機械 セットしといたんで、都合のいいときヤッて行けばいいよ~」と機械の使い方も教えてくれたので、午後から中米をとる作業をさせて貰いました。

中米が、280キロくらい取れて、60キロくらい本クズが出ました。 (クズ米は、いつもはアイガモの餌になっていましたが、今年は業者に引き取ってもらって、追加で播くクローバーの種の購入費用に充てます。)

 兄さんは「そんなの いいよ~!」と、今年も手間賃を遠慮すると思われるので、明日も午後から手伝いを頼まれているので、体を使って ご奉公してくるつもりでいます。

午前中は、畑の耕運・畝立てをしてくれた同級生に頼まれているので、今までの借りを少しでも返債に行ってきます。(昼飯は飯屋で、しっかりゴチになってきますが…)

 
 ソコの界隈の農家さんの方々には十数年前から、仕事の無かった頃や、生活の苦しかった頃に(ここ数年もそうですが…) 仕事に呼んで頂いたり、野菜や食品を頂いたりして命をながらえてこられて、田んぼや畑もその界隈の農家さんの協力を頂けるので、エンドー 農業の真似事をすることが出来ているので、恩義を返せるときに返して措きたいと思っています。


 米の再選別を終えた後 日暮れまで刈り藁均しをしましたが、とにかく来年の稲作を想うと作業も楽しくてしょうがない状態です。 


 余談ですが、先日、春先の米 新米と夏に玉ネギを送らせてもらった東北の所から、丁寧なお礼状と名産の梨を頂きました。

別にお礼をして欲しくて、米も玉ネギも送らせてもらった訳ではありませんでしたが、気持ちを送って頂いて、半年間の米作りの それなりの苦労が報われた思いがして有り難かったです。今後の活力になります。



 イ・サンもとっくに終って1時廻ってしまったので、明日に備えて寝ます。