2011年4月8日金曜日

引越し しました。

 東北地方を襲った大震災から、一ヶ月を過ぎようとしています。 お亡くなりになられた方々のご冥福を御祈りすると共に、被災された方々、震災に伴う二次 三次被害にあっていられる方々に、お見舞い申し上げます。

それと、この国難にあたって、必死で尽力されていられる自衛隊、消防の皆さん、、原発で危険な作業されている東電関連(特に下請け孫請け)の皆さん、そして この震災復興に携わっていられる全ての皆さんに御礼申し上げます。


 エンドー 3月に入ってから、1月2月の仕事の無い生活から一転して、急に忙しくなってきて、合間を見つけて引越しの準備や新しく借りることになっていた家の修繕など慌ただしく過ごしてきました。

そんなこともあったり、当時 ほぼ、ケイタイ電話に付いているワンセグテレビでしか震災の映像を観れなかったりしたもので、「大変だな~」と思いつつも、アメリカの9.11の事件のときや、近年 新潟中越地方を襲ったニ度の震災や豪雨水害、 つい最近の九州の火山噴火のときのように、何か実感として湧いて来てないって言うのが本当のところでした。

それでも、何か復興のお手伝いをしたいと思っています。今は事情があって何も出来ませんが、普段通りに生活して力を蓄えて(経済力も…)、そのときに備えようと思っています。



 そんなことで、エンドー 4月から転居しました。以前借りていた家は、7年前くらいに住み始めた時点で、地盤沈下したのか?土台が腐っていたのか? 6畳間の端から端まで4~5センチ程 傾いていて、自分は三半規管が発達しているのか?許容できる範囲でしたが、

遊びに来た友達や、遠方から田んぼの草取り作業などの手伝いに来てくれて泊まっていかれた方々から、「あの家は酔っ払う」等と、さんざんケチをつけられた伝説の家でした。(ちなみに、そんな家を見てみたいというマニアックな人も稀にいました。)

居住している間、新潟中越地方を震源とする二度の地震にも、なんとか持ちこたえていましたが、床も腐って抜け始めたところで、幸運にも知人から、「貸してる家が空いたんで、住まね~?」との有り難いお話しを頂いていたので、暖かくなるのを待っての引越しとなりました。

ちょうど片付けをしている最中の今回の地震で、今回こそは倒伏すると思われましたが、壁のヒビが更に増えた程度でした。
 

いいタイミングで転居することが出来ました。
築40年以上は経っていると思われますが、以前に比べると数段グレードが上がったってカンジで、もう、幽霊屋敷などとは言わせません! アンテナも付いていたので、今度は普通のテレビも観れています。借りている田んぼや、畑にも多少 近くなりました。 


 飼い猫のユキは、結局 飛び出して行ったっきり1ヶ月半近くなるのに一度も帰って来なかったので、連れて来ることが出来ませんでした。

脚の傷がくっ付いて、とりあえず生きていることを願っているところです。(もしかすると、暫らく帰って来ないことも時々あったので、以前から二重生活を送っていて、普通~に違う名前で呼ばれて、イイ物 喰ってるのかも知れません。 そう願いたいです。)



 本題の農作業ですが、時どき仕事帰りに玉葱の様子を見に行ったついでに、少しづつ雑草を抜いています。

田んぼは、もうじき畔を機械で塗ってもらうので、3日(日曜)に、昨年度に畔からの漏水防止と雑草除けの為に張ってあった黒マルチを剥がして畔塗りの準備をしてきました。



震災被災地近郊では、作物を作れなかったり、せっかく作っても買ってもらえない恐れもあって大変な想いをしていられる方が大勢いられるようで、こころ苦しいですが、今のところ この辺は許容範囲のようなので、普段通りに作れることを幸せに思っているところです。

1 件のコメント:

  1. 引っ越しされたのですね!
    おめでとうございます!

    ブログが更新されないので
    何かあったのかと思っていました。

    年末にはお米を買いたいといいながら
    そのままになっていて、ごめんなさい。
    まだ分けてもらえそうでしょうか?

    またいろいろ教えてください。

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