17日(金曜)の晩から、石川県から18・19日の草取りの手伝いに備えて、現地入りして下さる方々もいらしたので、朝からエンドー邸の大掃除を行いました。
その後、翌日から草取りを手伝って頂くことになっている、新規で借りた田んぼの草取りに入りました。(先週 応急処置で、草削りで雑草を削って歩いた田んぼです。)
草削りを使ったのが初めてだったので、どんなもんか?と思っていましたが、思っていたより効果がありました。
夜に石川県より草取り応援隊の第一陣 5名(第ニ陣 2名は、18日午後から)が到着しました。
H夫妻の旦那さんは今回で3回目、奥さんは2回目の手伝いで、あとの方々は初参加ですが、自分が石川の方へ行ったときには良くしていただいている方々です。
H夫妻とは、4年前くらいに、アジアの途上国の自立支援しているNPO団体の活動が縁で知り合って以来お世話になっていて、田んぼの収益をアジアの子らの為に役立てたい っていう企画に賛同して下さって、何度も遠方まで足を運んで下さっている奇特な夫妻で、
今期限定ですが、被災地応援米を作ることにしたのにも賛同してくれて、他の賛同して下さった方々を連れてきてくださいました。
前に借りていた家が相当に傾斜していて、「アノ家は酔っ払う!」などと散々に石川の人々に言いふらしたのも この夫妻で、 エンドー邸に到着後、「家の造りは前の家と一緒だ。」とか、前よりイイとかって言ってくれていましたが、
エンドーのホーリールームを覗くやいなや、「ここも ナナメや~~!」と、大声を出されて笑われてしまいました。 (そう言われると、多少 傾斜しているような気もしますが、前の家が酷すぎたので、全くといっていいほど気になりません。)
夜は、皆さんと久しぶりに会ったと言う事もあって、賑やかな宴会となりました。
(ちなみにエンドー邸 まともな寝具がないので、各自 寝袋持参で雑魚寝して頂いています。)
翌日(18日土曜)は 終日 曇りで、作業するのに最適な日和になりました。
男衆3名 女衆3名で朝から、被災地へ贈る米を作っている田んぼへ入ってもらいました。前日に0,2反位取ってあったので、約一反分くらいを半日で終らせてもらいました。
あの雑草の状態だと、一人でやっていても下手すると2日は掛かるので、大勢の力を改めて感じさせてもらいました。
昼に石川からの第ニ陣 E夫妻も駆けつけてくれました。(真珠湾奇襲攻撃へ向かう機動部隊が単冠湾に続々集結 といった観がありました。) 旦那さんは、去年に続いて2回目で、奥さんは、「田んぼには入らないけど、見学だけ」 と、言いつつも道路脇の草を取ったりして下さっていました。
午後からは、不耕起田んぼの一枚を予定していましたが、隣のもう一枚まで終らせて頂くことが出来ました。
夕方、東京から同年の通称Tさんが来てくれました。Tさんとは、4年くらい前にNPO団体の主催のイベントがあったときに、来賓でお越しになられていられた、カンボジアのシソワット皇太子殿下夫妻のお世話係りを夫婦で担当されていて、宴席のときに間に入って通訳していただいたことが御縁になって、それ以来 お付き合いしてもらっています。
過去 いちばん辛く大変に感じた、一昨年の初めて試みるので不安で一杯だった、不耕起田んぼの手植えも手伝ってくれて、去年も石川のオヤジさん達と一緒にアイガモ除草に失敗した田んぼの草を取ってくれたりと、心身ともに助けていただいている恩人の一人です。
夜は、人数もグッと増えて総勢9名となっての大宴会となりました。が、相当に疲れているとみえて、石川での夜に比べて相当に早く寝入ったようでした。
翌19日(日曜)男衆5名で、0,5反の もう一枚の被災地応援米の田んぼの草を取り終えて、昼前に終了となりました。

(女衆の作業風景は、草取りに熱中しすぎてしまって、撮るのを忘れてしまいました。)
昼食後 石川の皆さんは帰路に就きました。 東京のTさんと ゆっくりくつろいで、草取りも一段落つけて頂いて安心してしまって、昼寝こいてしまいました。
夕方には、Tさんも東京に戻られましたが、今回も、遠方からの皆さんに心身ともに暖かい応援と賛同を頂いて(食料品の差し入れも…)、田んぼの方も、ライフワークにしている活動の方も いっそうの励みになりました。
それと、慣れない作業と姿勢で たいへんだったと思いますが、同じような志を持った者同士で楽しく作業出来て、更には各人の、それぞれの思いが大地にも稲にも伝わっていると思いますので、また今年もイイ米になるものと思っています。
手伝ってくれた皆さん、ありがとうございました。 今回 来れななかったけど陰ながら応援してくださってる皆さん ありがとうございます。
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