2011年7月31日日曜日

激しい雨が…

出勤前に行っていたトウモロコシの収穫の手伝いも28日に終わって、やっと平常に戻れると思った矢先、28日からの豪雨で、かえってゆっくり出来ています。

29日は朝も凄い雨で、マトモに現場仕事も出来そうになかったので、あがって来て 玉ネギの加工の続きをしました。  もう1トン発送する予定でいますが、けっこう手間が掛かるのですが、なかなか時間が取れなくていたので、丁度イイ 雨だと思っていましたが、

昼飯を喰いに帰ろうと堤防を通ったら、河川敷にある畑に水が揚がり始めていて、道が冠水して軽トラが取り残されていました。(歩いて脱出したんだと思います。)

ついでに加工の際に出た玉ネギの根っこや外皮を捨てに、玉ネギを作っていた畑に寄りましたが、ここにも水があっていけず、丁度イイ雨どころの騒ぎでなくなってきました。


 翌日の朝にはグ~~ンと水位も上がって、玉ネギを作っていた畑なんかは2メートル近く水面下に沈みました。



 (30日 朝の様子で、このころがいちばん酷かったころです。)



 (31日 今朝の様子。 水が引き始めて、田んぼやらが姿を現しました。 手前から3番目の橋脚の辺りが、借りていた畑でした。)

 ここの河川敷は、何年かに一度 水が揚がりますが、借りていた畑までは滅多に揚がらないと聞いていました。 とりあえず 玉ネギを収穫した後だったので助かりました。

30日も現場のバイトが出来ず、玉ネギの加工をしていましたが、昼ころに消防のサイレンが聴こえてきたので、間違って橋が通行止めになって帰れなくなっても困るので、自宅へ戻り 以後 休養していました。   (なんか このころ、川の界隈に避難勧告が出ていたそうでした。)



 (約1キロ近くの橋が架かっていて、普段の川幅が100メートルも無いんですが、堤防一杯まで濁流が流れて 揚子江とかの大河をみているようで、ある意味 圧巻 且つ壮観でありました。)

 
 月末ということで、待ちに待った給料がでたので、今までさんざん奢って貰ったり世話になっていた、農家の友達を外食に誘いました。

彼氏 専業農家で、ここの河川敷にもサトイモやら牛蒡を作付けしてあるそうでしたが、わりと あっけらかんとしていて、もともと水が揚がるのを覚悟の上で作っていて、滅多に被害が出ませんが、「水が出なかったらラッキー」 くらいな気持ちで作っているってことでした。

 流木やゴミを置いていかれると始末が困ると言っていましたが、何年かごとに出る水が、上流のミネラルたっぷりの肥沃な土砂も運んでくれているっていうのが、旨い野菜の採れる産地になってる理由の一つのようです。


 今日は、急遽 その友達の枝豆の収穫の手伝いに行って来ました。 堤防の外にも拘らず、畑も泥田状態になっていました。 何とか収穫出来ましたが、県内全般に相当な被害が出そうで、農家さんのことを思うと人事ではない気がしています。


 7時前には、あがって来れたので、汚れついでに新規で借りた畑に米ぬかと微生物細菌資材を撒いて来ました。 明日 その友達にトラクターで耕運して貰います。   

試験的に人参を少しばかり作ってみようと思っています。


 田んぼの方は、水が いっぱい入って、かえって嬉しく思っています。 生育の遅れていた不耕起区の第二第三田んぼも、新規の肥料をやらない田んぼの稲も だいぶ追いついてきました。



(30日の不耕起 第三 第二田んぼ)

 田んぼの中の雑草は、もう取りませんが、コナギを採って喰うことにしました。



小麦粉がなかったので片栗粉で代用して、油で炒めて天婦羅チックにして蕎麦と一緒に喰いましたが、旨いです。

 相当に野生のチカラもありそうで、そのうち雑草と呼ばれなくなるかも知れません。




 NHKのドラマ イサンが始まったので、今日はここまでにしておきます。

2011年7月24日日曜日

作業も終わって、ようやくバイトに復帰できました。

先月末から毎朝4時前に起きて、とうもろこしの収穫のバイトに行っていますが、明日は収穫休みなので 久しぶりに書くことが出来ます。

 7月2日に、現場のS藤君に手伝ってもらって玉ネギの収穫を終えた処まで書きましたが、その週は7日まで、不耕起田んぼの3回目の草取りに明け暮れました。

玉ネギの収穫作業に手間取ってしまって、前回の草取りから2週間近くも間を空けてしまったので、取り残した雑草も大きくなっていて、そこそこ難航もしましたが、草を拾い歩く程度の田んぼもあったお蔭で、なんとか終了することが出来ました。


 
 ↑ 不耕起区第三田んぼです。 雑草は極めて少なくて草取りも楽でしたが、その代わり稲も他に比べて生育が遅れているようです。

 アイガモが、本拠地の稲を倒したりしていたので、不耕起区にも出入り出来るようにして遊ばせていましたが、ここでも稲を倒しまくり始めたので、200メートル近く離れたところにある、新規で借りた田んぼへ長躯 出張させることにしました。

一般の道路をゾロゾロと引き連れての移動です。通りがかりの人も滅多に見れない光景なようで笑って見ています。 餌で釣りながらですが、ここまで馴れてくれると嬉しいものです。





すぐ隣が住宅地になっているので何日も置いて置けませんが、極多少なりとも除草に貢献してくれたものと思います。


 8日からは、玉ネギの発送のため、根切りと外皮剥きの作業に掛かりました。収穫が遅れて外皮にシミがついたりで、皮むきと選別に手間取りましたが、13日までに5キロ袋詰め 200セットの計量ネット詰め、箱詰めを終えて14日に取りあえず一回目の発送を終えることが出来ました。 



玉ネギは、当初は生協にでも出して、自分にボーナスを出そうと欲をかいて大量に作り始めましたが、経費も結構 掛かったり、農薬を使わなかったりしたので手間も相当に掛かっていたのでそれなりの愛着もあって、一般の玉ネギと一緒になって流通することに抵抗を感じていました。

手間賃まで考えたら赤字だなとかって思っていた矢先の春先、あの震災があって 当時 まともに義捐金も捻出できずにいたので、代りに 無事に収穫出来たら何処かで貰って貰おうと思って作ってきました。

幸いにも、前回の米のときと同じく神奈川の知人に仲介して頂くことが出来て、今回も宮城県のあるところで貰ってもらえることになった訳です。 (この件に関して他にも尽力 協力して下さった方々がいられるので、そのことについては そのうち書くつもりでいます。)


玉ネギは結局、大きくならないモノや、収穫遅れで皮切れやシミがついたりなどあったりして、あまり上手く行きませんでしたが、前からやってみたかった事が 曲がりながらも実現できて、それなりに満足していて、収穫量はイマイチでしたが、何よりも人様の気持ちをいっぱい頂けたことの方が、いちばんの収穫になった気がしています。

 15日は田んぼ周りの畔の草刈  16日は休養に充てました。

17日(日曜)現場のS藤君に手伝いに来てもらって、ジャガイモの収穫作業を決行しました。

黒マルチビニールを剥がすと、その下にゴロゴロとイモが生っていて掘り取りも楽だと言うことで、試験的に作ってみましたが、あまり大きくならず 虫食いや腐っていたものも結構あってマシな物は、種芋と同じ程度の量しか採れなくて失敗に終ってしまいました。



 ↑ マルチを剥ぐと、こんなカンジに生っています。

種イモに籾殻と土を掛けたのとでは、土を掛けた方の出来がマシだったこと、掛ける量が少ない程 良くないということも判ったので、次回の参考になりそうです。 

18日 イモの収穫終了  午後より これから作付けする予定の畑に貝化石資材等を撒いて耕運に備えました。


 19日からは ようやくバイトに出勤することが出来ました。6月の頭ころから暇を出されていて、末には復帰要請が来ていましたが、田んぼの草取り 玉ネギの加工に追われて、中々
出勤することが出来ずにいました。

ここでの収入の殆んどが、自分の活動と、それに付随する農業の経費に充てられるので大変に助かっています。

それと、自営業的な農業では、損失 赤字もあって先の目途が立てにくいのに比べて、勤めは一日行けば いくらと確実に計算が立つので、その点 大助かりしています。

 昨日23日(土曜) バイト先が休みだったので、そこのS藤君 Uスケくんに手伝ってもらい、アイガモ田んぼの天井に張っていた防鳥ネットを外しました。 

春に張るときにも手伝ってもらって、そのときのお礼も 未だに待ってもらっていますが、そんなんでも 折角の休日に手伝ってもらえて有り難いです。  

3時過ぎからは、Uスケくんが残ってくれて、復興支援に充てる田んぼの草を取りました。
ここの2枚は、肥料をやらないで作っているので稲の生長も遅くてスカスカとしていて稲の丈
も短いので、もう一回だけ取ることにしました。

Uスケくんは農家の子なのですが、草取りなんかやったことも無く一往だけでギブアップして行きましたが、炎天の下 彼氏なりに一生懸命に取ってくれていました。

こっちでは、自分ひとりでやっている活動なので、初めて地元の人に携わって貰えて有り難く思えました。  

そういうUスケさんの志も米に入りこんでいると思われますので、何処へ行くか判りませんが、ご縁がある方に食べていただいて少しでも復興の活力にしてもらえたらと思っています。

19時近くに半反の田んぼを取り終えたので、もう今期は終了ということにしました。

ただ、毎回 そう思うことなんですが、田んぼに入っていると疲れていても妙に気持ちも安らいで、自分にとっては丁度イイ 居場所なんではないか?などと思ったりもしています。
 

 もう2~3日で早朝のトウモロコシの収穫のバイトも終わって、平常の状態に戻れそうですので、この2ヶ月の間の出来事などボチボチと書いていきたい思っています。 

2011年7月7日木曜日

とうとう『禁じ手』まで使ってしまいました。

 玉ねぎの収穫や加工作業とバッティングしてしまって、遅れていた3回目(最終)+αの田んぼの草取りが今日やっとのことで終ったので、とりあえず一段落つけれたのに加えて、休養も充分に取れたので(モロコシの収穫の手伝いから帰って来て、朝飯 喰って横になったら昼まで寝てしまいました。)、体力も気力も充分なのでコレ書いています。


 前回の『禁じ手』の続きからいきます。   あれは28日ことでした。エンドー 先日から毎朝 トウモロコシの収穫の手伝いに、玉ねぎを作っている畑を貸して下さってる農園さんのところに手伝いに行っているんですが、

自分が玉ねぎの収穫で難航しているのを見るに見かねた農園の社長さんが、「もしだったら、休みの日にでも、掘り取り機で起こしてやるよ~!」と、言ってくれたので有り難く機械をかけて貰うことになりました。

そしたら、「こんなこともあると思って、掘り取り機械 外さないで置いたんだ!」ってことで、いつもながら気に掛けていただいて有り難い限りでした。


 掘り取り機械を掛けてもらうとなると、その日一日のうちに収穫してしまわないといけないので、人手が必要になってきます。 そこで、頼みの綱のバイト先のS藤君にお願いしたところ、「土曜日(2日)仕事なんで~」との返事でしたが、

「日当払うスケ 頼むテ~! 有給休暇取ればいいろ~  そしたらオレも早くバイトに復帰できるスケ イイろ~~。頼むテ~!」ってカンジで拝み倒して、来てもらえることになりました。
(忙しくなってきたので早く出てきて欲しいって言われている、バイト先の社員を無理やり休ませるという『禁じ手』を使ってしまい、バイト先には少々申し訳なく思って居ります。)



 そんなことで、翌29日 残っていた十数本の黒ビニールマルチを剥がして、トラクターが旋回するときに踏まれないように前後3メートルの部分の玉ねぎを採って機械での掘り取りに備えました。

30日は、収穫 運搬   収穫の目途も立ったので午後より田んぼの草取りに入ることが出来ました。 

不耕起区の続きから始めましたが、前回 応援隊に手伝ってもらってから既に十二日間も経っているので、取り残したヤツや新たに生えてきたようなヤツも結構あって、なかなか捗らずにいましたが、それでも 玉ねぎの収穫に目途を立てて貰えていたお蔭で、焦ることもなく、結構 気持ちよく草を取っていられました。

7月1日 加工を終った玉ねぎの計量 ネット袋詰め   田んぼの草取りの続き


 そして2日 機械を使った収穫の日を迎えました。 (↓写真 残っている右側の方を収穫します。)
 



 社長の代わりに創立当初からいられる方が、病体にムチ打って出張って来てくれました。



トラクターに球根の掘り取り機を取り付けてあるんですが、やっぱり機械だと速い速い。エンドーは畝の間に落ちた玉ねぎを、トラクターに踏まれないように畝の上に上げて行きます。

2時間も掛からないうちに十数本の畝の掘り取りが終りました。

作業途中で、にんにくの収穫中の友達から電話があり、乾燥コンテナが足りなくなったとのことで、自分が農園さんから借りているコンテナの余分がないか?ってことでした。

「少し残して 持ってけばいいさ~」と、言ったまでは良かったものの、今度は自分トコの分が足りなくなる恐れが出てきたので、昼からの予定のS藤君に急遽 出てきてもらって、コンテナを空けるために、加工を終った玉ねぎのネット袋詰めをして空きコンテナを作りました。

 (結局 足りたので、その時間に畑で乾燥も出来て、袋詰めも出来て丁度良かったようです。)

午後からS藤くんと二人で玉ねぎをコンテナに拾い集めました。これも二人だと、捗る捗る。

作業途中にまた友達から電話があり、「なんとか足りたけど、早く終ったら 運搬 手伝いに行くよ~」と、前回の運搬に続いて また手伝ってくれるってことで、その心意気にモチベーションも揚がって更に捗りました。

集め終わって運搬ですが、収穫当初は一輪車で運び出してからの運搬でしたが、今回は軽トラックを畑の中へ入れての積み込み+S藤君がいてくれたので、これも早くて楽に出来ました。



運搬を2回戦やって終って、収穫作業も終えることが出来て、気がかりだった 田んぼの草取りに専念できる環境を整えさせてもらうことが出来ました。



(↑ 左側のジャガイモを残して、何も無くなってしまいましたが、昨夏 畑作りからの記憶が、オレの心に鮮明に焼きついています。)

結局 友達が手伝いに来るよりも先に終わりましたが、気持ちが有り難かったです。 

 友達も社長さんもそうですが、皆んな 無謀なコトをおっ始めて 挙げ句の果てに難儀している自分を「黙って見ちゃいられなくなった。」ってトコが本音ではないんでしょうか?


 とにかく、今回の玉ねぎの収穫作業で、機械の力と、それ以上に人の気持ちを感じさせてもらえたことが、いちばんの収穫になった気がしています。 

 
 収穫も終わって、本日(7月7日)田んぼの草取りも一応 打ち止めと言うことにしたので(たぶん…)、これからは、玉ねぎの加工 発送準備に専念できてバイトにも復帰出来そうです。 お蔭様の一週間でした。
 

2011年7月1日金曜日

玉ねぎの加工作業に入りました。

 昨日のつづき書きます。

21日から始めた玉ねぎの収穫作業も、3日目の23日から雨降りが続いて収穫できなかったので、農園さんの倉庫を間借りして、乾燥中の玉ねぎの根っこを切ったり土を落としたりする加工作業にかかりました。



 ↑ 根っこを切って ある程度 選別して土を拭き取ります。




6月中は、この雨が来るまで日中はまるっきり雨が降らずにいて、外での作業ばっかりだったので、加工作業を始めるにあたって、「ケツついて作業できて、イイ休養になる。」と、高を括っていましたが、

始めてみると、慣れていないせいもあって想像以上に捗らずにいて、一日分の収穫量もこなせない程で、だいたいこんな加工に携わる農家の母ちゃんや婆さんの大変さを改めて感じました。

玉ねぎ作りを始めた時点で、作ることにしか焦点があっていなくて、ここまで考えていなかった自分のバカさ加減に呆れもしましたが、エンドー やってみて懲りないと分からないタチの人種なので、イイ経験になっています。

それでも他の作業もそうですが、ヤッてる最中は エンドー それなりに楽しめる能力を持ち合わせているので、これはこれでイイ仕事です。

全体を観てしまって、速く片付けたいと思うと大変に感じてくるので、その一部分だけに焦点を当てるようにしているとイイ感じになってきます。

 そんな折、知人の尽力で、玉ねぎの行き先も決まり始めてきたので、モチベーションも揚がって 鋏を持つ手にも力が入っています。


25日は午後から雨が上がったので、不耕起田んぼ3枚に鉱物資材(珪酸塩白土)を撒いて、3回目の草取りにかかり始めました。 新規で作り始めた0.5反を取り終えました。

翌26日 とりあえず収穫した分の加工終了

27日 再び収穫に入りましたが、予報より早く雨が落ちてきたので、折角 畑で少し乾いた玉ねぎを濡らしてしまいましたが、農家の友達が運搬を手伝ってくれて被害を最小限に食い止めることが出来ました。 この友達にも助けられています。

その後、加工済みの分を少し 計量 ネット袋詰め 

夕方から草の目立つ一枚の不耕起田んぼの草取りに入り始めました。

 28日 早朝から、農園さんのトウモロコシの収穫が始まって、今年も手伝いに呼んで頂いたので出始めました。 

雨で収穫作業もできず、以後 午前中は休養に充てて 午後から不耕起田んぼの草取りの続きをしました。

暗くなり始めた頃、バイト先の、(エンドー 現在暇を出され中です。) おなじみ現場のS藤君が、「ラーメンでも喰いにいきますか~。」と気に掛けてくれて田んぼに来てくれたので、有り難くゴチになってきました。

農業の真似事も好きでヤッているんですが、大変なことは大変なので、そ~いった気持ちを頂けて凄い励みと活力になっています。

S藤君の他にも大勢の方から有り難い応援や支援していただいているんですが、それは次回以降に書きます。

丁度 その日 バイト先の現場の親方から「仕事が溜まってきたので出てきて欲しい」って言う連絡がありました。「このまんまだと、あと2週間くらい無理らな! 早く出てほしいんだったら、オメ(お前)さん休みの日に手伝い来なっせ~。」と脅したところ、「そ それは~」と言う予想通りのつれない返事が返ってきました。

速いトコ 現金収入を得ないと来月末は大変なことになるので「速めに農作業の目途を立てて復帰したい」と思い始めたところ、翌日 農園さんの社長さんから たいへんに有り難いお話しをいただいたので、明日(7月2日)『禁じ手』を使って勝負かけます。