5月に田植えをしてから、約5ヶ月 何が出来るわけでも無くても ほぼ毎日 田んぼの様子を見に通っていましたが、当日の朝 最後の挨拶とお別れをしてバイトに出勤しました。
稲刈りは農家さんにお願いしていたので、仕事の帰りに寄った時には、すっかり稲も無くなっていました。

(左側が不耕起田んぼ 右側が他所の田んぼです。)
無事に収穫できた御礼の気持ちで、7枚全部の田んぼを廻ってきて、今年の稲作りが終わりました。
半年近くの習慣というのは怖ろしいもので、仕事帰りには翌日も、その翌日も田んぼへ足が向いてしまいました。
農家さんの処へ、米の乾燥と調整をお願いしていましたが、速くも28日に 肥料を与えないで作った田んぼの米が出来上がって来ました。
2枚で1.7反歩 作りましたが、収穫量は、世間の一般栽培の米の半分以下の量しか無く、計 約420キロ(一反当たり約240キロ)と、だいぶ前から予想はしていたものの、いざ結果が判ると だいぶガッカリという結果に終わってしまいました。
この田んぼは、春先にも書きましたが、大震災の時に募金する余裕が無かったので、何処かご縁の在るところに米を贈らせて貰って、募金の代りにさせて貰おうと急遽 田んぼを貸して頂いて作り始めたと言う経緯がありました。 (折角なので、試してみたかった農法でつくらせてもらいました。)
そして同じような志を持った方たちから、田んぼの草取り等に県外からも来て頂いたりと、ご協力を頂いて作ってきた田んぼでした。
ところが、自分が下手なばっかりに、この程度の収穫しか上げられず、貰っていただける方々や協力して下さった方々に申し訳なく思っています。
今回も神奈川の知人のツテで、行き先が決まりましたので、翌29日に宮城県のある処に240キロ 神奈川経由で東北へ180キロ近くを送らせて頂きました。

僅かばかりしか贈れなくて、更にそこから分配すると ほんの少ししか行き渡らないとおもいますが、皆の気持ちだけは籠もっている米になったと思いますので、少しでも復興の活力にして頂けたらと思っています。
余談になりますが、4月に米のキャンセルが大量に出たので、東北へ直接送る分の その米や夏の玉ネギ 今回の米と、「ど~せ ボランティアなんだろ? 俺もボランティアだ!」と、運賃を受け取らないで運んでくれたN潟食品運輸さんの社長にも感謝しきりです。
(ちなみに この社長から、高校一年生の頃にパチンコ屋で拾われて以来 卒業するまで、長期の休みには積み込みのバイトで使ってもらって、その稼ぎで単車も買えて車の免許も取ることが出来ました。 何よりも仕事の楽しさを教えてもらいました。 エンドーの恩人の一人です。)
もうじき不耕起栽培とアイガモ農法で作った米も出来上がってきます。こっちも肥料を極端に控えて作ってきたのに加えて 世間では今年も収量が少ないと言う話なので、どの程度の減収で収まってくれるのか?気に掛かっているところです。
もう1トン 玉ネギを貰ってもらう予定で行き先も決まっていましたが、バイトの休みとかには他の作業も目白押しで、根切りや皮むきの加工作業も中断したままになっていました。

(7月末に加工作業をしていたときの様子です。)
別のところに、もう少し米を送ることに決定したので、折角なので一緒に玉ネギも送らせてもらうことになりました。
今回は、申し訳なく思いつつも、茎 土 根っこ付きのままで送らせてもらうことにしました。今日から腐れの確認をしながらの箱詰めを始めています。 玉ネギも やっと日の目を見ることが出来ます。
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