2011年11月27日日曜日

田んぼ・畑の片付けをしています。

先週の土日と、米を積んで石川県へ行って来ました。この夏に草取りの応援に駆けつけて下さった皆さん達にも、毎年 米を買っていただいて支援活動に協力して頂いています。

今年は都合で来れませんでしたが、小松市のラドン浴の店「シャンティ」さんでは、玄米粉にして販売してくれていました。自分の作ったのが、また違うカタチで人様の健康に僅かでも役立っていると思うと、嬉しく思えたりします。


 ここのところ、この界隈 ぐずついた天候が続いていて、バイト先の現場では雨合羽を着る日が多くなっていて、寒い冬に向かっていることを身に沁みて感じています。 が、なぜか?休みになると降らないことが多いので、降らない日は半日だけと言う条件で、休日返上で出勤しています。

 雪の降らないうちに田んぼを地主さんに返す為の片付けをしておきたいので、23日(祝日)と本日27日(日曜)と、バイト終了後 午後少し遅くから畑・田んぼで片付け作業を行いました。

23日は、バイト先の自分の後釜に添えようと、この間から現場にバイトに来てもらっているK田君に手伝ってもらって、玉ネギを植えた畑の、苗が足りなくなって植えれなかった畝に張ってもらっていた草除けの黒マルチビニールをヒッ剥がして、移住先で使えるように心棒に巻き直しました。 



けっこうな風が吹いていましたが、K田君のお蔭で上手く巻けて、終了することが出来ました。


 本日も仕事が予定通り終らず、午後をだいぶ回ってからしか帰って来れなかったので、急遽
また、K田君にバイトに来てもらって田んぼの片付けを行いました。

ここでは、ネズミ等の穴から水漏れを防ぐ為に田植え後すぐに張ってあった、黒ビニールマルチを剥がしての回収と、田んぼの脇に保管して置いた備品やらの整理を行いました。



回収したマルチの他にも結構 処分するモノがあって、現在 車に大量に押し込んであります。明日 処分してきます。 本日もK田君のお蔭で、相当に片付けることが出来ました。

もう少しやれば大体 片付きそうです。


 稲刈り前に、アイガモ田んぼ用に播いてはいましたが、雨で死滅したと思われていた麦も、そこそこ生えて来ていて、追加で播いたクローバーも、それなりに生えて来ています。(↓写真)


不耕起田んぼにする予定地に播いていたクローバーも、そこそこ順調に生育しています。間違って種を大量に落とした所なんかは、こんなカンジ(↓写真)になっています。



何べんも書きますが、春から移住することになっているので、来期 検証する予定だったクローバーの緑肥の効果と、水中雑草の制御の効果等確認したかったところですが、それでも
播いたヤツがそれなりに生育してくれている姿を見せてもらえるのは、嬉しいものがあります。

 
 関西の移住先の現地スタッフの方々も、棲家や農地を借りることに奔走して下さってるようなので、吉報を待っているところです。
 
先日、農家の友達に貰った結構大量のニンニクの種を現地に送ったんですが、昨日 植え付けしたという一報も頂いています。

関西の気候は良く判りませんが、時期的に遅い恐れもありますが、それが上手いこと収穫できるようだったら、それを更に元種にして大量生産出来たら とかって想っているところです。


 そんなことで、移住に向けてボチボチと準備しているところです。

2011年11月13日日曜日

更に、急展開しています。

先週 旅先での疲れもあって、不覚にもイ・サンを観ながら眠りこんでしまって、まるっきり内容が解らなかったので、今日こそは と思って番組欄をチェックしたところ、放映が無いところをみると、もしや?この間のヤツが最終回だったのでは…?と悔やまれましたが(コレだけは欠かさず初回から観て来続けてたもんで…)、

今更 しょ~がないので、9時からの猿の惑星にピントを切り替えて(8時からの 江にも…)コレ打ち始めています。


 エンドー 3年程前にアジア支援のNPOの特派員扱いにして頂いて、冬季の2ヶ月半程 日本人として一人で、スリランカに滞在させてもらって、現地の施設内の清掃や、農地の開墾等のお手伝いをさせて頂いた事があるんですが、


 (↑開墾前)





 (↑帰国間際の畑です。  エンドー ここで初めて人参や大根も作りましたが、収穫を待たずに滞在期間の終了となって、以降の経過を見ることが出来ませんでした。  その後 死滅してしまったという報告を頂いています。)

そのときに、たいへんにお世話になった、現地の高僧 スブーティー ハンドルォ(和尚)が7日に来日されて中国地方に来られるという情報をキャッチして、そのときの御礼とご挨拶をしに行くことにしたので、



折角なので道中 関西地方の移住するにあたって、声を掛けて下さった方へのご挨拶と、予定地界隈の視察、今後の打ち合わせもさせて頂こうと5日(土曜)の夜から夜行列車で関西へ出発しました。

6日・7日午前中と、現地で山林の間伐などの市民活動や、付随してアグリセラピー等をされていてる、その方々に、お忙しい中 その県内各地に点在する畑等を案内して頂いたりして来ました。

普通~に稲を架に掛けて天日干ししていたり、棚田風の田んぼが多かったりで、自分に合った農業や活動するには、凄くイイ環境ではないか?と思いながら観て廻っていました。

 ところが、先月 突然に降って湧いたようなこの移住の話も、更に急展開を迎えることになりました。

自分の言葉足らずのせいで、既に来春から移住すると想わさせてしまっていたようで、現地では棲家や、農地を借りたりするのに既に尽力して下さっていたようでしたので、ほんのチョッと戸惑いもありましたが、思い切って来春から移住することに決めて来ました。


 その後、列車を乗り継いで行き、現在中国地方在住で、本山での坊主の修行時代の後輩と落ち合い、久々にゆっくり話して飯喰って、そして空港でスリランカの高僧に御挨拶させて貰うことが出来ました。

よくよく考えてみると、「関西方面で農業しないか?」と、自分に声を掛けて下さった方も、自分がスリランカで長期滞在する丁度1年前のスリランカ支援ツアーで知り合った方なので、スリランカに纏わる不思議なご縁を感じています。


 7日深夜に夜行列車で大阪を発ち、8日朝 到着しました。(普通座席に無理な姿勢で寝て来たので、今でも腰が痛いです。(小さく笑))

自宅で着替えた後、少し遅れてバイトに出ました。作業現場に直行したら丁度一服している最中で、皆に「オレ 春から関西行くことにしたわ~!」と、勝手ながら そう話しました。

つい この間まで皆には、「来年の稲刈り終わった頃までバイトに来る」と言う話をしていたので、「は~~?」ってカンジで、少しばかり急展開すぎたようでした。

普段 弁当のおかずを勝手に喰っても、運転中の手の甲に鼻クソくっ付けても、立ちションこいて間違って手に付いた飛沫(しぶき)を服に拭っても、ビニールハウスの骨組みの上で危険な程 揺らしても 怒ったことの無い S藤君が、「エンドーさん! 無責任過ぎますッ!」と、いきなりプンプンし始めました。

来月から配置替えや退職する人もいて、現場ではS藤君が新親方に就任することに決まっていて、若い子を入れて貰って、来秋までの間にエンドーが鬼教官となって教育すると二人で話していたので、いきなり相談もナシに半年も早めたのが非常~にマズかったようでした。

S藤くんは、アヒルを衝動買いして来て、部屋の中の水槽に入れて、そのまま昼寝こくような非常~に大らかな人間なので(昨年の夏頃書いたヤツに既出)、すぐにいつもの状態に戻りましたが、

ひょんなことから、ここにバイトに来て以来 公私ともに言葉では言い顕せない程 お世話になって来たので、後 残り半年もありませんが、これから入社するであろう新人を少しでもマシに教育して、親方S藤君の仕事し易い環境を整えて行くことが、最後の御奉公だと思っているところであります。


 そんなことで、田んぼや畑を貸して下さっている農家さん達にも、その旨を了承いただいて来ました。 こちらの方は、最初から「いつ、いなくなるか分かりませんけど…」と言うことで、貸して頂いていたので、すんなり了解を得ることが出来ました。



この間 植えたばかりの玉ネギ↑は勿体無いですが、春まで面倒を見させてもらって、あとの収穫とかは農家さんに任せて好きに使ってもらうと言うことで一応 話しがついています。
 (都合がつくようなら、一部 無肥料地帯の試験もしているので、収穫のときにでも帰って来て、立ち会えたら…と、思っていますが…)

田んぼに播いたクローバーの試験も心残りですが、これは、移住先でのお楽しみと言うことにします。

 これからあとは、ぼちぼち 田んぼ廻りの道具や資材を片付けて返す準備を整えるだけです。



 畑の人参も大根もこの間から食べ始めました。 人参は、こ~いう品種なのか?香りも味も昔喰ったようなクセが感じられて、いかにも人参喰ってるってカンジです。 時々 人参も、おろし金で摺って大根おろしと納豆とミックスさせたりしていますが、美味しく喰えています。

もうじき白菜も食卓に上りそうで、無理すれば自家製の米・野菜だけで一冬越せそうで、ある意味 贅沢な暮らしをしています。

2011年11月3日木曜日

玉ネギの植え付け終了しました。

本日も祝日でバイトも休みだったので、玉ネギの植え付けを行いました。

前回の植え付で無理して頑張ってくれたのが災いして、バイト先のUスケくんの首痛が悪化したみたいで、一日 会社を休んだりしていたのでチョッと責任を感じていて、それ以前から今日の作業も お願いはしていましたが、来て貰えないだろうと思って一人作業を覚悟していました。

前回書いた、お礼の品が効いたのか? 昨日になって、「明日 手伝いにいきますよ~」と嬉しいこと言ってくれたので無理の無い程度に半日だけ手伝って貰うことにしました。

 (包装して渡してあったお礼の品でしたが、「あれ、返しますよ~ お袋の前で開けなくて良かったですよ~」とかって言っていましたが、エンドーの心意気だけは通じたようでした。
そう言いつつも返して来ないところをみると、もしや…  ちなみに現場のS藤くんは、前に同ようなヤツとDVDを家に勝手に置いて行ったくせに受け取りを拒否…)


 早朝から降っていた雨も上がって、予定の時刻から苗とりの作業開始です。本当は休日くらい休んでいたいと思われるUスケくんも畑に到着しました。

「イイお知らせがあるゼ! ほれ また根切り虫に喰われて数が少ね~なってるスケ 植えるのが楽だろ~?」 「そ、そ、そ そ~ですね~~  ハ・ハ・ハ・ハ」と、二人で呆れつつ一笑いして苗取りを始めましたが、

結局 前回から更に被害が増大していて、今日植えた品種は、播いた内の2~3割程度しか生き残りませんでした。

 
 本畑に移動して植え付け開始です。苗が少ないので午前中で全ての苗を植えて、前回からの合計約5500~6000本を植え終わりましたが、結局 畝立てして黒ビニールマルチまで張った貰った畑の半分が残ってしまいました。

空いた畑は勿体無いですが、除草剤などの農薬を使わないで作った苗なんか出回らないってこともあり、これからの休日は用事が目白押しで、平日にバイトを休んでまでやるのにも去年の経験で懲りているので、畑を貸して頂いている農家さんに「(玉ネギを)作れるんだったら作って下さい」とお願いしたところです。


 
午後からは、急遽 前回来てくれた就活中の子にバイトに来て貰って、マルチの穴に雑草押さえの為の籾ガラを撒いて、玉ネギ関連の作業を全て終わらせてしまうことが出来ました。




Uスケくんを始めとしたバイト先の若い衆と、就活中の子には本当にお世話になって、植え付け本数が去年の4分の1程度でしたが、仕事も休むことなく終えることが出来て、精神的にも経済的にも助かった思いでいます。


 
 それから、 エンドー 現代の坊主の在り方に疑念を持ち続けてきましたが、10年近く前に、形骸化された宗門にも ようやく見切りをつけることが出来て地元に戻って来て、仏教と農的な要素を多少含んだカタギの生活を送ってきましたが、

何処かで こんなヤツでも必要としてくれるところがあれば、すぐに動けるように身軽にして来ました。 (寺に入ってくれとかって言う話しは、全て感謝しつつも断っていました。)

ここには書きませんでしたが、3年目になる田んぼでの不耕起栽培も、大型機械を使える ある意味恵まれたこの界隈の環境より、山手の棚田とかの小型の機械が入れるか?入れないか?っていう環境の方が合っているんではないか?と常々 思っていて、

それに加えて、この春の原発事故の影響もあって、福島県に源を発する川の水を使っている以上、現時点では物質は検出されていないようですが、数十年前に問題になった第二水俣病の例もあって、大丈夫だとは思われますが、いつ ど~なるか?判らないので、

8年前から自分が安心して喰えるモノを作るっていうことから始まって、自分を信用して買って下さっている方々も出て来られているので、あの事故以来 その類の情報には神経質になっていて、今年 少しでも検出されるようなら販売も稲作もヤメる決心でいたところでした。


 そんな折、突然 先日 関西方面で市民活動もされている知人から「こっちで自然農法の農業してみないか?」って言うような 有り難いお誘いを頂き、農業以外での活動でも構想が一致したこともあって、二つ返事で来年の秋以降の移住を申し出ました。

こんな現代版の『浪人』みたいなヤツでもアテにして誘って下さったことに感激しているところです。


 関ヶ原合戦の後、主君に見切りをつけて浪人して、一時は乞食に身を落としていたって言う後藤又兵衛が、大阪の陣で大阪方に乞われて入城したときの、乞うてくれた主への恩義の気持ちと、やっと本来の働き場に出逢えたって言う心持とが良く判る気がしています。


 既にどんな環境の処であっても行くつもりでいますが、丁度 来週 岡山にも大切な用事があるので、その道中に、声を掛けて下さった方にご挨拶させて貰って、現地視察や今後の打ち合わせをしてくることになっています。 


 エンドーのワリとデッカイ夢というか、構想に一歩前進したようで、今後の展開が楽しみでゝしょ~が無い状態で日々暮らして居ります。